輪読の会 Season7 第2回 2024.06.22
第3章、第4章
第3章は「手段としての本能」ということで、本能の抑圧に重点をおいた旧教育が、どのように平凡で無気力な、何の役にも立たない無力な人間をつくりだしたかを思い起こすことが必要であると訴えています。特に、反復がもっとも非合理的な、非心理学的な方法となっています。反復を回避する方法として、授業を同心円的にすること、すなわち、テーマをできる限り簡潔・簡素な形にまとめ、一挙に全内容を通過することにすることです。玉田泰太郎著「新・理科授業の創造」に書かれていた、「内容は少なく、教材は豊かに」「一つの内容で教材を変えて3回繰り返す」といった考えと類似するところがありました。
そして、しかるべき興味を起こさせる配慮が必要だと伝えています。子どもの興味に合わせるのではなく、子どもの興味を引き出すことが必要だということです。全学校システムを生活と直接結びつくように構成し、子どもたちに彼らが興味をもつことを教え、彼らが知っていることから始め、彼らに自然と興味が生じるようにします。ここで、英語なら「相手と自分の結びつき」、理科なら「自然の事物・現象と自分の結びつき」と各教科で自分と何とを結びつけるかを明確にすることが子どもに興味をもたせる上でとても重要であると話し合いました。
第4章は「情動的行動の教育」です。本書の中に、本能と情動という言葉が出てきますが、本能は環境に影響されないもの、情動は環境に影響されるものと読み解きました。また、情動の結果として起こるものが感情となります。この感情を広範囲に転移させることが教育の基礎となると書かれています。例えば、振り返りでは「分かったこと」を書かせるのではなく、「学んだことを通して、感動したことや驚いたこと、不思議に思ったことを書いてください」といったことを問うことが求められます。 最後に、「遊びは、本能的なものと情動的なものに基づいて生じる意識的行動の最初の形態です。遊びは、ありとあらゆる形態を統合し、それらの間の正しい協調と結合を実現する最上の手段です。」という文章に注目しました。逆に、遊びをなくす方法は、ルールに縛り付ける、選択肢を与えず教師が決める、教師が評価をする。さて、自分の授業や学級経営はどうでしょうか。

