輪読の会 Season6 第3回 2024.07.27
第5章と第6章
第5章は注意の心理学と教育学です。本文中に「注意」と「構え」という言葉が出てきました。聞き慣れない「構え」という言葉をみんなで考えました。その中で、空手の型を例にして、相手が上段蹴りを繰り出してくることに注意を向けて、構えるとい表現が理解しやすかったです。本文中では、静かな部屋にいて、銃声の音を聞くと、その音に注意が向けられ頭を守ったり隠れたりする構えが生まれるという当時の環境がわかる例が書かれていました。すなわち、注意を向ける方向に構えが生じます。
教育において、子どもの注意は「興味」に向けられます。教師が子どもの興味に従ってのみになると、生徒任せの間違った個別最適になります。逆に、子どもの興味をはねつけ一斉授業のみになると、これまた子どもの害となります。初めはシールやテストの点数などの外発的な動機でもいいですが、日常生活を豊かにしたりや将来の目標に近づけるなどの内発的な動機へ移行させることが教師の一つの役目となります。また、授業については、「あらゆる教授―学習が、子ども自身の興味に基礎を置いている限りにおいてのみ可能なのです。」、「問題は、学習対象にとって副次的な賞罰、恐怖、喜ばせたいという願いなどの影響とは関係なく、どれだけ興味が学習対象そのものの路線に沿って方向づけられるかということです。」という前置きをした上で、「説明する前に興味を起こさせること、行動を強いる前に行動への準備をすること、反応に向かわせる前に、構えの準備をすること、何か新しいことを伝達する前に新しいことへの期待を呼び起こすこと」と書かれています。理科でいう探究の過程に則ると仮説の設定や検証計画の立案までが「構え」であり、この導入の段階で生徒が授業に注意を向けられなければ、授業は成り立たないということになります。最後に、注意は統覚、そして性格につながることから、注意の制御は教育の大きな課題となります。
第6章では記憶についていくつかのポイントが書かれていました。
1つめは、「記銘」というキーワードが書かれていました。まず、inputし、その後で自分の言葉で咀嚼して正しく記憶する「記銘」を行い、最後に他の事例などでの活用を通してoutputする。ただし、記憶が実生活に向けられていない場合は活用できないです。また、人間の知的生活を豊かにするためには、知識量を広げるよりも、諸知識を簡単に結びつける能力の方がはるかに必要であるとのことです。ここでゆとり教育が話題にあがり、ゆとり教育の方向は間違っていないが、ペーパー試験が重視された社会的背景と合わなかったことが問題であると考えました。
2つめは、授業における構えとして、「生徒の頭の中に何らかのことを定着させたいと望む場合には、生徒の感情に深い感動を与えることを忘れてはなりません。」と授業に感動があることです。そして、「教師が生徒の個人的経験の中に新しい対象についての必要な理解を構築するためのすべての要素があることを確認するまでは、空想のいかなる構築も呼び出してはならない」と書かれていました。すなわち、子どものレディネスを把握することが大切だと認識しました。最後に「遊びが空想と強く結びついているので、子どもたちが効果で豪華なおもちゃより、手の込んでいない、荒削りのおもちゃの方が好む」という文章から、授業の筋道がしっかりしているよりも、いい加減さが必要だと話し合いました。
「遊び」というキーワードに加え、「構え」という新たな概念を記銘することができました。あとは実践でどう生かすかが私たちに求められています。

